独自の都市構造をもった政権都市・鎌倉


 1. 政権の所在地・鎌倉
 2. 鎌倉の地理的位置
 3. 都市鎌倉の整備
 4. 信仰と空間
 5. 谷戸の開発
 6. 鎌倉時代以降

 

信仰と空間


・将軍御所近傍に武士が信仰する寺や神社を配置
・東国の守護仏としての大仏の建立

  政権初期の将軍御所(大倉幕府)の近傍には、武士が信仰する寺や神社が建てられました。
 西の「鶴岡八幡宮」をはじめ、東の「荏柄天神社」は武士の誓約に関わる神として崇められました。東北には、奥州藤原氏を滅ぼした際の戦死者の鎮魂を祈って「永福寺」が1194年に完成し、北には将軍源頼朝や執権北条義時の墓所である「法華堂」が建てられ、信仰の空間が形成されました。

  都市の西側周縁部(鎌倉京往還)には、1252年に幕府の政策と勧進により、鎌倉が仏法の栄える地であることを示すため、また武家政権や東国住民の守護仏として高さ11m余りの青銅の阿弥陀如来の『大仏』が、独自かつ高度な技法により鋳造されました。


鎌倉平面図

 


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