主な発掘調査の概要


発掘調査について

鎌倉は近世に大規模な開発が行われなかったため、地下には、かつて栄えた中世都市の跡が埋蔵文化財として良好に遺されています。市内のおよそ6割が埋蔵文化財包蔵地となっており、毎年多くの発掘調査が実施されています。過去には北条氏常磐亭跡(昭和52年度)、若宮大路や永福寺跡(昭和58年〜平成8年)、で大規模な発掘調査を行ってきました。
近年、世界遺産暫定リストに掲載されて以降の主な発掘・分布調査については下表の通りです。

調査名 調査年 調査箇所 目的 調査結果 結果の活用
切通周辺
詳細分布調査
H7
H8
H10
H11 
仮粧坂
亀ヶ谷坂周辺
大仏坂周辺
朝夷奈切通、極楽寺坂、杉本城・釈迦堂切通、材木座
中世都市鎌倉を特徴付ける切通とその周辺の土木遺構を明らかにする。 鎌倉の周辺を取り巻く山々に多くの人工の手が加えられていることが確認される。
その多くは切岸、平場、堀切等の土木遺構であり、従来城郭遺構としてとらえられてきた堀や土塁は伴っていない。
城郭としての地形的なまとまりは少なく、城郭として造られたと言うよりも、都市開発の造成によってできた地形が、鎌倉時代から室町時代にかけての防御施設として有効であったと考えられる。
国指定史跡追加指定申請の基礎資料に
「古都鎌倉」を
取り巻く
山稜部の調査
H12.6
〜 H12.11
極楽寺坂 大仏坂
仮粧坂 亀ヶ谷坂・巨福呂坂 鷲峰山・天台山 杉本城・釈迦堂口 名越切通
朝夷奈切通の8地区
防衛的遺構を中心とした山稜部の遺構の実体を解明する。 山稜部の土木遺構は比較的良好に残されていることが確認される。
防衛的遺構は中世(概ね14〜15世紀)に構築されたものが多い。
防衛的遺構ばかりではなく、葬送祭祀関連や、石切場等の鎌倉石の生産に関わる遺構も多く確認される。
山稜部は単に防衛的な役割だけではなく、都市の周縁部として多用な性格を有していたことが確認される。
元弘の乱主戦場である「仏法寺跡」と考えられる遺構が確認される。
「鎌倉の世界遺産登録に向けた考え方」の基礎資料に
鎌倉大仏周辺の発掘調査 H12
〜H13
高徳院境内 大仏殿の規模や周辺の遺構を確認する。 大仏殿の位置を確認し、その規模の確定が可能となる。
大仏の鋳造過程の一端が明らかとなる。
大仏殿跡として国指定史跡に指定
五合桝遺跡(仏法寺跡)
発掘調査
H14 極楽寺坂南、霊山山稜部 「古都鎌倉」を取り巻く山稜部の発掘調査で確認された仏法寺跡や五合桝の詳細な調査を行う。 仏法寺の堂跡と考えられる遺構が確認される。
極楽寺境内絵図に描かれた請雨池と考えられる池が発見される。
石塔や塚、埋甕など供養にかかわる遺構が発見される。
五合桝といわれる土塁によって造られた枡形の遺構が確認され、元弘の乱に際して激しい攻防が行われたことがうかがわれる。
京鎌倉往還の鎌倉の西の玄関口である陸上交通の要衝であるだけではなく、鎌倉湾全体を見渡すことができる海上交通を見張る要衝の地でもあり、鎌倉にとって重要な区域であることが明確になる。
国指定史跡申請の基礎資料に
北条義時法華堂跡確認調査 H17 国指定史跡・法華堂跡(源頼朝墓)東側の山腹平場 北条義時法華堂の在否及び規模等を確認し、追加指定資料を得る。 雨落溝・縁側の石列や礎石を検出し、法華堂遺構が吾妻鏡の記述と一致する地点に存在したことが確認された。 源頼朝墓への追加指定申請の基礎資料に